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震災

13日の金曜日なんか

「13日の金曜日」なんかこわくない。

あの日は、11日の金曜日だった。

3.11が近付くと、いつも体調が悪くなる気がする。
今年も、風邪をひいてしまいました。

souzouradio
想像ラジオ
いとうせいこう・著(河出文庫)

大切な人を 突然失くした人たちは
声が聴きたい、もう1度だけでいいから逢いたい、と
願っています。

大切な人を置いて 突然この世を去ってしまった人たちも
声が聴きたい、もう1度だけでいいから逢いたい、と
願っています。

2つのチャンネルが カチリと合って
ラジオが聴けるようにと祈ります。
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11日が来ると

3月11日まであと1ヶ月。
今日は、本のご紹介にします。
ichibannnagaihi
河北新報の一番長い日~震災下の地元紙~
河北新報社:著 (文春文庫)

話題になり、ドラマ化したものをご覧になった方も多いかもしれませんが、
新聞社のものだけに”活字”で読むべき記録です。

震災であっけなく壊れてしまった日常に右往左往していた
私たちのために
「毎朝 新聞が届く」という日常を死守していただいたこと
忘れません。

2014年3月10日に文庫になりました。
千円しないで手に入るし、持ち運びも手軽。東北人ならずとも是非お手元に!

ただ、昨年買った時には、涙が出そうになりながらも、通しで読めたのに
今読み返す方がきついです。
なんか色々押し寄せてきて、読めなくなる部分がありました。

fukkouwishkun
左:特別版 復興wishくん ~wishくんVol.7 
右:wishくん Vol.6
ドン・カ・ジョン :絵

お願い事を白いはがきに書いて
wishくんポストに入れると
ドン・カ・ジョン・さんが そのお願いごとに答えるような
絵を描いて、返送してくれます。

そんな「wishくん」プロジェクトを
ずっと続けてきたドン・カ・ジョンさんは
被災地にも来てくださいました。

2012年、仙台では仙台市民会館で
この復興wishくんの展示が行われました。
たぶん、その頃のこのブログにも感想など書いたと思います。
皆、静かに泣きながら見ていたなぁ。

「特別版 復興wishくん」をあらためて読み返しました。
ドン・カ・ジョンさんは、とんちの効いた神様みたいだ。
まっ白いハガキに、雲の上の神様が
一生懸命絵を描いている姿が
いつも頭に浮かびます。
何百通ものお願いごとに絵で応えていくのは
どんなにか身が削られたことだろう、とも思います。

仙台では、青葉区の雑貨ショップ
「メリーメリークリスマスランド*dia」さんで「wishくん」を
取り扱っています。

3年

あれだけの出来事が
本当に起きたということが
未だに信じられないのです。

地震の揺れの恐怖に加え、
あとからあとから
これでもか これでもかと
ラジオからは被害の様子

これ以上、こんな破壊と残酷と喪失が起こるだけなら
目も耳も心も
無いほうが良いと思いました。

こわい、どうしよう、
どうなるんだろう、

ただただ、星空だけが美しい、寒くてかなしい夜でした。

忘れられません。
忘れません。

デザインのこころ

saki-pon
明日で大震災から3年です。

携帯電話のストラップを春もの?に変えました。

復興支援グッズ「Saki-pon」。

”~石巻がまた、花咲きますように~

東日本大震災により、石巻も甚大な被害を受けました。
多くの反物も海水に浸かり、商品価値がなくなってしまいました。
saki-ponは、胴裏(絹の着物の裏地)から
裂き織の技術を用い、作られております。
収益は、呉服屋さん(材料提供者)と石巻の制作者さんに送られます。”
(saki-ponのパッケージの文章より)

被災地で製作されているグッズは様々ありますが、
何の先入観もなく見て
思わず欲しくなるステキなデザイン・品質のものも多いですね。

話が逸れますが、

私は以前、どちらかといえばシンプルでスタイリッシュなデザインの物が
見ていて美しいし すっきりしていて好きでした。

服でもタオルでも食器でも、何かちょっとした身の回りのものでも。

ちょっと微妙な柄が入っていたり、謎のワンポイントや英単語が書いてあったりするもの、
子どもっぽいイラストや色使いのパッケージなども、
「なぜここに、こんなのを描いたのだろう?
無い方がすっきりするのに…」
「ちょっと田舎っぽいかも?」などと思いながら使っていました。

でも、震災にあって、そういったデザインの重要性を感じました。

ライフラインが止まり、
ラジオから流れるのは
にわかには受け入れられないほどの被害状況や、
行方不明の家族や友人を探す人たちの声や
原発事故のこと。

交通手段も制限されて仕事もしばらく休み。

ひとまず生きていたので、被害の少ない地域の人間が面倒をかけてはいけないと思い、
家族一同、体調を崩さないようにして、
無我夢中で暮らしました。

その間に気付いたのです。

あまり素敵だとは思っていなかった、
パジャマやタオルの柄にある、ちょっとダサいかも…と思っていた動物の模様。
なぜか書いてある「HAPPY TIME」だとか「UKI-UKI」(笑)とかの言葉。
お菓子のパッケージのキャラクター。
キッチン用品などについている、お花のワンポイント模様。。。。

そういった物たちから、小さくとも元気をもらっていることに。

もし、私の身の回りのもののデザインがすべて、
何の模様も、色も、文字も、動物やキャラクター達の笑顔もなかったら
その世界は冷たく、寂しさ、むなしさが増しただろうと。

デザインした人、イラストを描いた人は、
きっと これを使う人が笑顔になってほしいとおもって
作ったんだなぁという、
いっぱい愛がこもっているんだなぁという、

そんな当たり前のことだったんですが、
その時にはっきり気付かされました。

あらためて、姿勢を正す

sonoayakosan
揺れる大地に立って
~東日本大震災の個人的記録
曽野綾子・著(扶葉社)

来月で、大震災から丸3年
最近になって、また震災関連の本などを
よく読むようにしています。

やはり、忘れてきているからです。

私は、仙台の、どちらかといえば中心部に近い
しかも山側に住む人間です。
もともと目に見えて大きく被災したわけではないので、
やはり、あの時期に感じた色々なことを
忘れてしまうのも早いと思います。

曽野さんの率直で的確な文章に
あらためて考えさせられ、東北の人間として励まされ、
自分を含めた現代人の甘さについて反省させられました。

3年目のここでまた、ハッと気づいて
自分を省み、姿勢を正す。
そんな時期なのかなと思います。

震災の経験を忘れないために、やっていることってありますか?

すごく辛い体験や、理不尽に感じたことなどは
思いだすのも嫌で大変だと思いますが、

逆に、震災での経験から
有難いと思ったことや感動したこと、
疑問に思ったこと、発見したこと等も
ありますよね。
それらを忘れないで生きることも大事だと思います。

私の住む地域は、震災のあと、水道の復旧が最後の方でした。
やっと水が出て、
自宅の湯船に久しぶりに浸かった時には
心底ホッとして、体もほぐれて、涙が出ました。
日本人には、お風呂があって、なんて幸せなんだろうと。

あの頃は、下水処理施設も被災して、
使ったお湯や水を流すのも、申し訳なくて
無駄に流さないようにしていました。

節約の意味もあって 長かった髪を切った女の子達も
けっこういたようです。
その話をラジオで聴いた時には、
彼女たちに良い事がありますようにと祈りました。

電気を使うのも、
原発のことを考えると気が引けました。

お風呂は別に照明が暗くたって入れるので
ソーラーライトを持ち込んだり、キャンドルのあかりで入ったり。
今でもその名残のやり方をしています。

どれだけ毎日
無意識に使いたい放題で暮らしていたことか

誰でもあたりまえにお風呂に入れることも
夢みたいなことだと知った
あの瞬間を
絶対忘れないように
毎日、お風呂では
思い出して感謝を忘れないようにしています。

すごくちいさな事ですが(笑)